「パパの足、カッコいいね。」
子どもから何気なく言われたその言葉に、思わず涙が出そうになった。
昔の自分なら、きっと想像できなかった。
17歳でがん。
33歳で右足を切断。
義足になった時、最初に頭をよぎったのは「父親として大丈夫だろうか」
という不安だった。
ちゃんと遊べるのか。
ちゃんと守れるのか。
“普通の父親”でいられるのか。
失った足よりも、“家族に迷惑をかけるかもしれない”ことの方が怖かった。
「かわいそうなパパ」と思われたくなかった
義足になったばかりの頃は、人の視線が怖かった。
特に、子どもの友達や周囲の反応が気になっていた。
「かわいそう」
「大変そう」
そんなふうに見られるたびに、心が少し苦しくなった。
だから最初は、なるべく義足を隠そうとしていた。
でも、家族は違った。
妻は、変わらず隣で笑ってくれた。
子どもたちも、義足を特別なものとして見ていなかった。
「パパ、それ速そう!」
「今日の義足カッコいい!」
そんな言葉を、まっすぐな目で伝えてくれた。
子どもたちは、“障害”を見ていなかった。
“パパ”を見てくれていた。

義足になって気づいた、家族の優しさ
足を失ってから、できなくなったこともある。
長時間歩くと痛みが出る。
階段がつらい日もある。
思うように動けない日もある。
でも、その度に家族が自然に手を差し伸べてくれる。
「大丈夫?」と声をかけてくれる。
その優しさに、何度も救われた。
昔の自分は、“支える側”でいなきゃいけないと思っていた。
でも今は思う。
家族って、支え合うものなんだと。
弱さを見せられる場所があること。
ありのままの自分でいられること。
それが、どれだけ幸せなことかを、義足になって初めて知った。
義足でも、“カッコいい父親”でいたい
だからこそ、父親として決めたことがある。
「義足だから諦める姿は見せたくない」
もちろん無理はできない。
でも、“できない”で終わりたくない。
休日は家族みんなでFC岐阜を応援しに行く。

岐阜から北は岩手、南は宮崎まで、全国へ遠征することもある。
義足でも、家族旅行はできる。
義足でも、全力で応援できる。
義足でも、人生は楽しめる。
その姿を、子どもたちに見せ続けたい。
「障害があっても、自分らしく生きていい」
それを言葉じゃなく、“背中”で伝えたい。
義足になったからこそ見えたもの
もし、足を失っていなかったら。
きっと気づけなかったことがたくさんある。
何気ない日常。
家族と笑える時間。
「おかえり」がある幸せ。
当たり前だった毎日が、今は宝物になった。
義足になって、不便は増えた。
でも、不幸になったわけじゃない。
むしろ、自分にとって本当に大切なものが見えるようになった。
だから今の自分は、胸を張って言える。
「今が一番幸せです」と。

義足パパとして伝えたいこと
私はこれからも、“義足パパ”として発信を続けていきます。
障害=かわいそうではないこと。
多様性には美しさがあること。
自分らしく生きていいこと。
そして、人生は、失ったもので決まるんじゃない。
どう生きるかで、幸せは変わるということを。
全国の子どもたちへ。
そして、今悩んでいる誰かへ。
この生き方が、少しでも届いたら嬉しいです。
講演会・学校授業・人権研修のご依頼、お待ちしております。

コメント